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札幌地方裁判所 昭和57年(ワ)2877号 判決

主文

一  被告は原告に対し五一七八万円とこれに対する昭和五六年七月一日から完済までの年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分しその二を被告の負担としその余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し七六一一万五一二七円とこれに対する昭和五六年七月一日から完済までの年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

亡宮本信幸(以下「亡信幸」という。)は、幼児の頃気管支喘息に罹患し、成人に達した後もこれが完治せず、医師の治療を受けたり発作時には自ら気管支拡張剤メジヘラを使用して発作を静めるという状態にあったものであるところ、昭和五六年六月二〇日、覚せい剤取締法違反の容疑で苫小牧警察署に逮捕され、同月二五日室蘭拘置支所に移監されたが、同月三〇日午後八時五八分頃、気管支喘息発作により死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故に至る経緯(亡信幸の病状の推移等)

(一) 苫小牧警察署内

亡信幸は、逮捕された後苫小牧警察署において、何度か気管支喘息の発作を起こしてメジヘラを使用することがあった。

(二) 室蘭拘置支所内

亡信幸は、昭和五六年六月二五日午後室蘭拘置支所に入所したが、その後次のとおり気管支喘息の発作を起こして死亡した。

亡信幸は、同月二六日、午前三時三〇分、午前七時二五分の二回発作を起こし、これら発作時にメジヘラを使用したほか、さらに四回発作を起こし、室蘭拘置支所の非常勤嘱託医北原隆医師の指示によりエフェドリンの投与を受け、また毎食後ネオフィリンの投与を受けた。なお、北原医師は、室蘭拘置支所の職員に対し、許容できるメジヘラの使用頻度が四時間毎である旨指示していた。亡信幸は、同月二七日にも五回の発作を起こし、これら発作に対し、従前同様の投薬を受けたほか、さらに北原医師の指示により、毎食後PH薬(鎮咳剤)、バランス剤及びエフェドリンナガヰ錠(精神安定剤)の、就寝前にブロバリン末の各投与を受けた。なお、北原医師は、同日、室蘭拘置支所の職員に対し、メジヘラを三時間毎に使用させても構わない旨指示した。亡信幸は、同月二八日には、午前一時一五分、午前六時三〇分、午後四時五五分の三回発作を起こした。亡信幸は、同月二九日、朝から発作を起こしたが、右の投薬やメジヘラ使用では発作は寛解しなかったため、午後二時三〇分頃、室蘭拘置支所の依頼で往診に来た北原医師の診察を受けることとなった。その診断の際、亡信幸の呼吸音は粗裂で、中程度の乾性ラッセル音(狭い気管支の中を粘性を帯びた空気が流れる音)・パイフェン(笛のような音)・ギーメン(きしむ音)が聴取できる状態であり、気管支喘息の症状が明らかな所見があった。そして、北原医師は、ネオフィリンの静脈注射、ハイスタミン(抗ヒスタミン剤)等の筋肉注射を行ったほか、フェノバール剤(眠剤・鎮静剤)を服用させた。しかし、このような投薬にもかかわらず発作寛解状態は長続きせず、亡信幸は、その日の午後九時頃にも発作を起こした。亡信幸は、同月三〇日、午前一一時五〇分、午後一時四〇分、午後六時と発作を起こし、右のうち後者二回についてメジヘラを使用した。さらに引き続き、亡信幸は、午後八時頃再び発作を起こしたが、午後六時の発作後わずか二時間しか経過していなかったため、室蘭拘置支所の職員からメジヘラの使用ができない旨注意された。ところが、亡信幸の発作は治まらずその呼吸困難の症状が悪化してきたため、同日午後八時二五分頃、室蘭拘置支所の舎房担当者が小田島副看守長(係長)の登庁及び判断を求め、小田島係長において医療施設への収容を決めた。小田島係長は、同日午後八時四五分頃、三名の職員とともに官用車に亡信幸を同乗させて室蘭市内の柳川医院に向かった。亡信幸は、自らスリッパを履いて房を出、階段を降り官用車に乗り込んだものであるが、柳川医院到着直後、同日午後八時五八分頃、死亡した。

(三) 亡信幸の気管支喘息の症状の程度

気管支喘息は、種々の刺激に対し気管支の反応性が亢進し、気道狭窄のために生じる喘鳴を伴う呼吸困難(発作)を症状とする疾患であり、急死例も稀ではない危険な疾患である。気管支喘息の患者は、メジヘラ等の吸入剤(気管支拡張剤)を自ら使用して発作を寛解することもできるが、容易に寛解しない場合には、医師によるネオフィリン等の気管支拡張剤の投与を受けるという対症療法を受けるのが一般的であり、これによって発作の寛解状態が安定せず発作が継続する場合には、副腎皮質ホルモンの投与等、より強力な対症療法を施すため入院措置が必要となる。ところで、亡信幸は、北原医師によるネオフィリン投与の後約六時間にして発作を起こし、その後もメジヘラ使用による発作の寛解が安定せず、かつ一週間に四回以上中発作(苦しくて横臥できない程度の呼吸困難)を起こしている。そして、このような状態は、対症療法選択の基準として認められている日本アレルギー学会の判定基準の重症度に該当し、重篤な発作や感染症に対する罹患が予測される状態であり、入院措置を講じるべき状態というべきである。

3  被告の責任(国家賠償法一条)

本件事故は、国の公権力の行使にあたる公務員の以下のとおりの過失により発生したものであるから、被告は、国家賠償法一条に基づき後記損害を賠償する責任を負う。

(一) 北原隆医師の過失

(1) 室蘭拘置支所は、医師を常駐させておらず、週一度の往診により在監者の健康診断を行い、適宜の時期に在監者の診察・治療を行う非常勤の北原隆医師を嘱託医として配置していたにすぎず、正規の看護資格を有し、ある程度の専門的な医学知識がある職員もいない状況にあったし、勿論、入院治療が可能な程の医療施設を有する状態でもなかった。

(2) したがって、医学的な専門知識を有する北原医師は、疾病を抱えた在監者がいるとの報告を受けたときには、室蘭拘置支所の職員を通じるなどしてその症状の把握に努め、投薬による病状の改善・安定が期待できず入院治療の必要性が判明した場合、室蘭拘置支所にその旨の指示を与え、室蘭拘置支所の職員をして適当な措置を執らせる注意義務を負っていた。そして、昭和五六年六月二九日のネオフィリンの投与の後六時間余りにして再び亡信幸が発作を起こしている状況からみて、亡信幸の気管支喘息に対しては入院による強力な対症療法が必要であると判断すべきであった。しかるに、北原医師は、同月二九日の診察以降の亡信幸の病状の把握を怠った過失により、いち早く同人を入院させるべき旨の指示をすることができず、そのため本件のような事故を生ぜしめたのである。

(3) また、昭和五六年六月二九日夜の時点で亡信幸を直ちに入院させるべき旨の指示までする必要がなかったとしても、気管支喘息の発作は呼吸困難を伴う危険なものであり、いつ救急診療を必要とする状態に陥るかもしれないのであるから、室蘭拘置支所の職員に対し、緊急の場合の対応のあり方を指示しておく注意義務を負っていた。その指示の具体的な内容は、以下のようなものでなければならない。すなわち、病院に搬出すべき程度の呼吸困難がある場合には、仮に前回のメジヘラ使用から所定の時間が経過していないとしても、応急の対応としてメジヘラ使用で気管支狭窄の症状を静め、できるだけ安静の状態を保たせるため患者自身に歩かせることを避け、一刻も早い医療的な対応を実現するため救急車による搬出を図るべきであるというものである。しかるに、北原医師は、この注意義務を怠り、室蘭拘置支所の職員に対し、投薬の指示のほか「許容されるメジヘラの使用頻度は三時間毎である。」という指示をしただけで、緊急時の対応を指示しなかった過失があった。そのため、前記のとおり、室蘭拘置支所の職員は、昭和五六年六月二九日午後八時の発作に対し適切に対応することができず、医学的に極めて不当な処遇を行い、本件事故が惹き起こされたのである。

(二) 室蘭拘置支所及び同職員の過失

室蘭拘置支所の医療体制は前記のとおりであるから、室蘭拘置支所長やその他の職員は、在監者である亡信幸の病状に注意を配り、気管支喘息の発作が容易に寛解しない場合には重篤な呼吸困難に至る前に、同人を医療機関に入院させるための措置を講じる義務を負っていたのに、これを怠り、亡信幸の病状が悪化しているのに漫然とこれを放置した過失により本件事故を惹き起こしたものである。

4  損害の発生及びその数額

(亡信幸の損害)

(一) 逸失利益

亡信幸は、昭和三三年一月三一日生れで、本件事故当時満二三歳の独身成年男子であったから、本件事故がなければ、六七歳までの就労可能な四四年間にわたり、毎年少なくとも昭和五六年度賃金センサスによる一九七万四五〇〇円の平均年収を得ることができたはずである。したがって、将来の物価上昇率四パーセントないし二パーセントを考慮したうえで、同人が失うことになる収入総額から、同人の生活費(収入の五割)及び単式ホフマン係数による中間利息を控除し、同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すれば、別紙計算表のとおり、四六一八万七〇六七円となる。

(二) 慰藉料

亡信幸は本件事故により多大の精神的・肉体的苦痛を受けたが、これを慰藉するに足りる慰藉料の額としては、一五〇〇万円が相当である。

(原告固有の損害)

(三) 慰藉料

原告は、亡信幸の母であり、本件事故による同人の死亡により、深甚な精神的苦痛を受けたが、これを慰藉するに足りる慰藉料の額としては、五〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用

原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、その報酬として損害額の一割五分(九九二万八〇六〇円)を支払う旨約した。

5  相続

原告は、亡信幸の母であり、唯一の相続人であるから、亡信幸の被告に対する右4(一)、(二)の損害賠償債権を相続により取得した。

6  結論

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、右4(一)ないし(四)の合計七六一一万五一二七円の損害賠償金とこれに対する本件事故の翌日である昭和五六年七月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因の1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は否認する。

(二)  同2(二)の事実は、亡信幸の昭和五六年六月二九日朝の発作がメジヘラ使用で寛解しなかったという点、亡信幸が同月三〇日午前一一時五〇分に発作を起こしたという点を除き認める。

(三)  同2(三)は否認する。

3(一)  同3(一)(1)の事実は認める。

(二)  同3(一)(2)、(3)及び同3(二)は争う。亡信幸は、発作の前後を除き、室蘭拘置支所の食事をほとんど食べているし、さし入れの菓子やパンを食べていたのであって、さほど体力が消耗していたものではなく、昭和五六年六月二九日に北原医師の診察を受ける際や同月三〇日柳川医院へ赴く際には、歩いたり挨拶をしたりすることが可能であった。また、亡信幸は、発作があったとはいえ、概ねメジヘラ使用で寛解したのであり、同月二九日の北原医師の診察の後は、ネオフィリン投与等の治療効果があって約六時間安静状態が継続していたのである。そして、亡信幸の同月三〇日午後一時四〇分及び午後六時の発作もメジヘラ使用で寛解している。したがって、室蘭拘置支所における亡信幸の気管支喘息の症状は、入院措置を必要とする程度に重症ではなかったし、重篤な発作が今後予測される状態でもなく、北原医師の治療や投薬の指示も適切なものであった。亡信幸の同月三〇日午後八時の発作が極めて急激な症状の悪化をもたらし、わずかの時間で死亡にまで至るようなことは、何人にも予見不可能なこと明白であり、北原医師や室蘭拘置支所の職員が、本件事故につき過失責任を負ういわれはないといわなければならない。

4  同4については、亡信幸が昭和三三年一月三一日生れで、本件事故当時二三歳の独身男子であったこと、原告が亡信幸の母であること及び原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任し、報酬の支払を約したことの各事実は認め、その余は争う。

5  同5については、原告が亡信幸の母であり、唯一の相続人であることは認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一  本件事故の発生とそれに至る経緯等について

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  本件事故に至る経緯について

1  苫小牧警察署内

請求原因2(一)の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。もっとも、乙第二四号証中には、苫小牧警察署でも気管支喘息の発作があったかのように読める部分がないわけではないが、同書証は雑然としたメモ書きのようであり、誰がどのような経緯で同書証を作成したのかも明らかではなく、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものとみることもできないので、結局これを採用することができない。

2  室蘭拘置支所内

請求原因2(二)の事実は、亡信幸の昭和五六年六月二九日朝の発作がメジヘラで寛解しなかったという点、亡信幸が同月三〇日午前一一時五〇分に発作を起こしたという点を除き争いがないところ、右争いのない事実、〈証拠〉によれば、亡信幸が死亡するまでの経緯は、以下のとおりであると認められる。

(一) 昭和五六年六月二五日

室蘭拘置支所の職員は、苫小牧警察署からの引継により、亡信幸が気管支喘息に罹患していることを知り、亡信幸が市販されていない気管支拡張剤メジヘラを携行しており、発作があってもメジヘラで治まると申し出たことから、非常勤嘱託医の北原隆医師にその旨連絡し、同医師から発作時におけるメジヘラ投与の許可を得た。室蘭拘置支所では、在監者の携行医薬品の舎房内持込みは制限されており、亡信幸が使用を申し出た場合に、嘱託医の指示に従った方法で、室蘭拘置支所備付けのメジヘラを使用させるという処遇が行われることになった。同日は発作はなかった。

(二) 同月二六日

亡信幸は、午前三時三〇分、午前七時二五分の二回の発作を起こし、これら発作時にメジヘラを使用した。その後、室蘭拘置支所職員村上忠夫が北原医師に対し亡信幸の発作を伝えたところ、同医師は、メジヘラのみに依存することが患者の心臓の負担となることを考慮し、メジヘラ以外に発作時にはエフェドリンの投与を、また毎食後ネオフィリンの投与を指示した(これらは、呼吸困難を和らげる効果があるとされている。)。なお、同医師は、室蘭拘置支所の職員に対し、許容できるメジヘラの使用頻度が四時間毎である旨指示していた。亡信幸は、この日、右以外に四回の発作を起こしている。

(三) 同月二七日

亡信幸は五回の発作を起こした。村上忠夫は、亡信幸の発作の間隔がやや短くなっていると考え、その旨を北原医師に伝え新たな指示を請うた。同医師は、これに対し、従前同様の投薬以外に、毎食後PH薬(鎮咳剤)、バランス剤及びエフェドリンナガヰ錠(精神安定剤)の、就寝前にブロバリン末の各投与を指示した。なお、北原医師は、同日、メジヘラを三時間毎に使用させても構わない旨指示した。

(四) 同月二八日

亡信幸は、午前一時一五分、午前六時三〇分、午後四時五五分の三回発作を起こした。

(五) 同月二九日

亡信幸は、朝から発作を起こしたが、右の投薬やメジヘラ使用では発作は十分に寛解せず、従前とはその様子が異なっていた。このため、室蘭拘置支所側が北原医師の往診を依頼し、亡信幸は、午後二時三〇分頃、同医師の診察を受けることとなった。亡信幸は、その際、呼吸音は粗裂で、中程度の乾性ラッセル音(狭い気管支の中を粘性を帯びた空気が流れる音)・パイフェン(笛のような音)・ギーメン(きしむ音)が聴取できる状態であり、気管支喘息による呼吸困難の症状が窺える状態であった。北原医師は、亡信幸に対しネオフィリンの静脈注射、ハイスタミン(抗ヒスタミン剤)等の筋肉注射を行ったほか、フェノバール剤(眠剤・鎮静剤)を服用させた。ところで、亡信幸が右注射の直後にもメジヘラの使用を申し出たため、その使用が許された。しかし、このような投薬にもかかわらず発作寛解状態は安定的には継続せず、亡信幸は、その日の午後九時頃にも発作を起こした。

(六) 同月三〇日

亡信幸は、午後一時四〇分、午後六時と二回発作を起こしてメジヘラを使用したが、さらに、その僅か二時間後の午後八時頃再び発作を起こした。亡信幸は、その際、前かがみになって苦しそうにしており、室蘭拘置支所の職員石山日出夫に対しメジヘラの使用を申し出た。しかし、前回のメジヘラ使用から北原医師の指示する三時間が経過していないため、石山は、亡信幸に対し、しばらく我慢するようにと申し渡した。ところが、亡信幸の発作は治まらずその呼吸困難の症状が悪化してきたため、石山は他の職員と相談し、病院への搬出を考慮すべきと考え、同日午後八時二五分頃、その夜の室蘭拘置支所の責任者小田島副看守長(係長)の登庁及び判断を求め、小田島係長において医療施設への収容を決めた。小田島係長は、同日八時四五分頃、三名の職員とともに官用車に亡信幸を同乗させて室蘭市内の柳川医院に向かった。亡信幸は、自らスリッパを履いて舎房を出、階段を降り合計約四〇メートルを歩いて官用車に乗り込んだものであるが、移動途中の車内で呼吸困難の症状を急激に悪化させて意識を失い、柳川医院到着の直後、同日午後八時五八分頃、死亡した。

以上の事実が認められる。ところで、亡信幸が昭和五六年六月三〇日午前一一時五〇分に発作を起こしたとの事実を認めるに足りる証拠はなく、さらに〈証拠〉中には、同月三〇日午後八時の発作の際、亡信幸にメジヘラを使用させた旨の部分があるが、右証言は前掲の証拠に照らし措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、証人加藤誠也は北原医師の同月二九日の診察の際における亡信幸の症状が、気管支喘息による呼吸困難の状態ではない旨推測すべきであると証言するところ、同証言は、北原医師が作成した前掲乙第一四号証中の右診察時の臨床所見のなかに呼吸困難の記載がないことを理由とするようであるが、亡信幸が右診察の直後にもメジヘラを使用しているとの右認定事実に照らして疑問であり、同証言を直ちに採用することはできない。

第二  被告の責任について

一  室蘭拘置支所の医療体制について

請求原因3(一)(1)の事実は当事者間に争いがないところ、国家の拘禁施設における非常勤の嘱託医は、在監者の処遇を担当するものの一人であり、国家賠償法一条にいう「公務員」に該当するものというべきである。

ところで、勾留は、刑事裁判の適正な実現を図るため、逃亡や証拠隠滅のおそれのある被疑者の身柄を拘束するものであり、刑事司法を運営する国家は、その限度で適法に被疑者の身体の自由を奪うことができる。したがって、拘禁施設の適正な管理態勢を維持するために、被疑者が外部の医師を任意に選択し自由にその診療を受けることや、携行の医薬品を舎房の中に持ち込みこれを自由に使用することが制限されてもやむをえないというべきである。しかしながら、在監者といえども、一般に国民が社会生活上享受すべき水準の、専門的資格のある医師による治療を受ける機会が不当に制限される理由は何ら存しないのであるから、国家機関は、被疑者の身体を適法に拘束する反面、疾患を抱えた在監者に対し、医師による治療を受ける機会を提供するよう配慮しなければならないことは当然である。室蘭拘置支所の本件事故当時における医療体制は、右のとおりであり、必ずしも万全の医療体制というわけではないが、それでも、平常時には医師の往診を受ける態勢が整っているとみられるのである。したがって、緊急時においても、職員が適宜応急の対応をする態勢や指示が徹底されているならば、夜間においても救急診療態勢が整備されつつある現代社会においては、医師による治療を受ける機会を提供するよう配慮しているということができる。

本件においては、亡信幸の気管支喘息が問題となっているが、室蘭拘置支所の個々の職員には、専門的な医学知識はないのであるから、具体的な疾患に対応する緊急時の応急の対応のあり方は、非常勤の嘱託医である北原医師の職員に対する指示にかかっているといわなければならず、同医師は適切な指示を徹底すべき注意義務を負っていたというべきである。そこで、以下、北原医師が、気管支喘息に対する対応のあり方につき、十分な指示を行って右注意義務を尽くしていたか否かについて検討する。

二  本件における処遇の問題点について

1  〈証拠〉によれば、気管支喘息やその治療に関する医学的知識で、本件事故当時一般の内科医の水準において知ることができ、かつ医学的に広く承認されている事柄は、以下のとおりである。

すなわち、気管支喘息は、喘鳴(気管支収縮により狭くなった気道を空気が出入りする時に生じる音)を伴った発作性の呼吸困難を症状とする疾患であり、それは種々の刺激に対して気管支の反応性が亢進し、気管支の狭窄が起きることによるもので、発作と寛解状態を繰り返す経過の長い疾患である。発作が治まると、喘鳴が消失し、呼吸も徐々に正常になるが、発作の強さ、その持続時間・頻度は、患者によって異なるほか、一人の患者によっても様々である。喘息発作は、一般に好発時間が明らかで、夜間から早朝までにかけて起こることが多く、日中に始まることは少ないとされている。したがって、日中の症状が安定しているときでさえ、夜間の急激な症状悪化を予想すべきこととされている。また、気管支喘息は、世間一般に周知されている訳ではないが、決して致死率の低くない危険な疾患であることは医学上の常識であり、発作が寛解しないまま長時間呼吸困難の状態が続けば、身体全体に対する酸素の供給が不足して窒息死することも稀ではなく、発作のない時の死亡例も報告されている。気管支喘息に罹患している患者が発作を起こした場合、患者自身が携行する吸入式の気管支拡張剤(メジヘラ等の医薬品)で発作を押えることが可能であるが、その過度の使用は心臓の負担が大きいとされており、メジヘラ等による発作寛解状態が継続・安定しない場合には、医師によるネオフィリンの点滴を受けるなどの必要が生じる。このような、対症療法が功を奏しない場合には、副作用の危険も危惧されるものの、医師による管理のもとにステロイド(副腎皮質ホルモン)の投与を受ける必要が生じる。なお、発作中は肺のガス交換が困難な状態にあるから、運動による心拍数の増加は呼吸困難の状態を悪化させる可能性が強く、発作中の患者が病院に赴く際には、メジヘラ等の使用により一旦は発作の状態を寛解させてから移動すべきであり、発作中の患者を歩かせることは危険である。

2  右のとおりであるから、本件事故当時における、室蘭拘置支所の職員の亡信幸に対する処遇(昭和五六年六月三〇日午後八時の発作に対しメジヘラの使用を禁じたうえで、発作による呼吸困難が和らいでいないのに階段等を約四〇メートル歩かせて車に乗車させたこと)は、当時の医療的認識からみて極めて不当なものといわなければならない。また、呼吸困難を和らげてから医療機関に搬出したのであれば、病院の管理体制のもとで医師の治療を受けたのであるから、本件におけるように発作後一時間程度で急死してしまう可能性が僅少であったと推定しなければならない。

三  北原医師の過失について

北原医師が、室蘭拘置支所の職員から亡信幸の症状の報告を受け、投薬やメジヘラ使用頻度の指示をしていたこと、同医師は、亡信幸が同月二六日から二九日朝にかけて発作の度にメジヘラを使用していたが発作が十分にコントロールされていないことを認識しえたこと、さらに同医師は、喘息発作の起きにくいとされている時間帯に亡信幸を診察したにもかかわらず亡信幸の呼吸器から喘鳴が聴取できたことは前記のとおりである。したがって、同医師としては、右診察を終えた段階で、気管支拡張剤による対症療法が十分に功を奏していないことや気管支喘息という疾患の性質を考慮して、今後、メジヘラや従前指示した投薬では、亡信幸の症状に対し安定的な発作寛解状態を保証できず、亡信幸が前の発作の後三時間を経ずして発作を起こす可能性も十分にあること、発作が夜間のように嘱託医と緊密な連絡をとることが困難な時間帯に生じるおそれも大きいこと、その場合には病院において治療を受けさせるのが相当であることを予測すべきであったというべきである。そうであるとすれば、同医師は、そのような事態に備え、医学的な専門知識に欠ける室蘭拘置支所の職員に対し、そのような場合には、従前に指示したメジヘラの使用頻度(三時間毎)に違反するようなことがあっても、応急の措置としてとりあえず、メジヘラの使用を許し、呼吸困難の状態を和らげてから、医療機関に搬出する等の処置を講じるべきである旨の指示をすべき注意義務を負っていたといわなければならない。そして、本件事故の経過からみて、同医師がそのような注意義務を怠ったことは明白である。

四  よって、以上の説示から明らかなとおり、被告は、国家賠償法一条に基づき、後記認定の損害を賠償する責任を負うといわなければならない。

第三  損害の発生及びその数額について

(亡信幸の損害)

一  逸失利益

亡信幸が昭和三三年一月三一日生れで本件事故当時二三歳の独身男子であることは当事者間に争いがない。したがって、同人は、本件事故に遭わなければ、就労可能な六七歳までの四四年間にわたり、毎年、昭和五六年度賃金センサス第一巻・第一表、産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者全年齢平均給与額(年額三六三万三四〇〇円)に相当する収入を得ることができたものと推認すべきである。そこで、亡信幸が失うことになる収入総額から、同人の生活費(その割合は五割と認めるべきである。)及びライプニッツ方式(四四年間に相当する係数は一七・六六二七である。)による中間利息を控除して、同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すれば、三二〇八万円(一万円に満たない端数は切捨て)となる。

なお、将来にわたる逸失利益の認定に際し、予測の困難な物価上昇率を斟酌し、これを算出の基礎とすることは相当ではないから、この点に関する原告の主張は採用し難い。

二  慰藉料

亡信幸が本件事故により若くして死亡し多大の精神的・肉体的苦痛を受けたことは、前認定から明らかなところ、本件事故の態様その他本件にかかる一切の事情を斟酌すれば、同人の右苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は、これを一〇〇〇万円と認めるのが相当である。

(原告固有の損害)

三 慰藉料

原告が亡信幸の母で唯一の相続人であることは当事者間に争いがないところ、原告がその息子の死亡を招いた本件事故により、深甚な精神的苦痛を受けたこともまた明らかといわなければならない。原告の右苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は、これを五〇〇万円と認めるのが相当である。

四 弁護士費用

原告が、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し報酬の支払を約した点は当事者間に争いがないところ、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるべき弁護士費用の額は、四七〇万円というべきである。

第四  相続について

原告が亡信幸の母で唯一の相続人であることは当事者間に争いがないから、原告が、亡信幸の被告に対する右第三の一、二合計四二〇八万円の損害賠償債権を相続したことは明らかである。

第五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、前記第三の一ないし四の合計五一七八万円の損害賠償金とこれに対する本件事故の翌日である昭和五六年七月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるからこれを認容することとし、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお仮執行の宣言を付することは相当でないからその申立を却下して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根本 眞 裁判官 石井寛明 裁判官 橋詰 均)

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